営業車として新車のワゴンRが私のところへやってきた。
ドアを開けると新車の香りが充満していた。
香りというか匂いというか、新車独特のものだ。
このワゴンRにはADバンにはついていなかったキーレスエントリーがついていて、なにか誇らしい気分にさせてくれた。
当時は会社の寮に住んでおり、自転車なら15分の距離を徒歩で30分ほどかけて通っていた。
寮と言ってもレオパレスだったのだが、付属の駐車場は全て先輩社員が使っており、新入社員の私が使えるようなスペースは残されていなかった。
ADバンの時には近隣の駐車場を借りる気にはなれず、また自転車を買うという気にならなかったので徒歩で通っていた。
ワゴンRを支給された際に駐車場を借りることにした。
これで、朝の出社にかなり余裕ができるようになった。
先に、ワゴンRが支給されたのは同期では私だけと記載したが、しばらくして、もう一人の同期の人に支給された。
しばらくして、というのは、何人か打診したのだが、引き受け手がなく、順番で回ってきたのだ。
私のところにはワゴンRはストレートにやってきた。
これは、長距離を移動する案件が引き継がれることになったことが大きな理由だと、あとで課長から聞いた。
当時、私と同じ部署の人が同じ部署に居られなくなって異動することとなり、彼が持っていた案件を私に引き継ぐことになったのだが、そのうちの一つが自動車関係の案件で地方や僻地への訪問が発生するので、高速道路で止まるようなADバンではよくないだろう、ということだった。
そのころにはADバンは戻ってきていたが、そんな事情は知らずに乗り換え、また駐車場まで確保していたわけだ。
引き継いだ案件はとんでもない赤字案件で、また工程での事故も多く、入社2年目の私がやるには非常に荷が重いものだった。
また、異動後の先輩はまるで他所の会社に転職した人のように、案件の詳細を聞いても、引継ぎ済みだと言い、取りつく島もなかった。
結局、1年ほどかけてなんとか案件を黒字化したのだが、その直後にある上席からの一言で退職を決意することになる。
ある時、その上席者が私に、
「君のポジションにはA君(別の同期)が配属される予定だった」
と言った。
私が、
なぜ彼を配属しなかったのですか、と聞いたら、
「毒には毒をもって制する、だ。課長には私から青椒君を推挙した。課長は変な顔をしていたが、強硬に主張して君を配属したのだ。」
とその上席者は言った。
上席者の意図はわからないが、この発言は私の揺らいでいた心を決心に変えた。
A君は同じ営業部の中でも比較的自由で良質な案件を抱えている課に配属されていた。
私の課は、厳し目の案件があり元々ハードな部署だったが、この上席者がさらにその雰囲気を悪くしている感があった。
この上席者とはその後、些細なことで喧嘩をした。
喧嘩して以降は隣の席だったが業務以外のことで話しかけられても返事をしないようになった。
この年の年末に辞表を出し、この会社を去ることになる。
ワゴンRは私が抱えていた案件とセットで2年後輩の新入社員に引き継がれていった。
WebCGに同型車の試乗記が掲載されていた。
当時は100万ちょっとでこんなクルマが買えたのか。