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青椒肉絲のクルマ遍歴0.3

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チェイサー(X80系)は母の命と引き換えにスクラップになった。

チェイサー(X80系)をスクラップにするまでの間、両親は修理の可能性も探っていたが、修理と新車の購入で費用がさほど変わらないことが判明した。

私は痛々しい母の姿を見て、クルマの購入には反対した。

しかし、今回もクルマに関する私の意見は聞き入れられず、新車を購入することになった。

チェイサー(X80系)が我が家にいたのは半年足らずだったように思う。

a.wikipedia.org

チェイサー(X80系)の後継で両親が購入したのは、チェイサー(X90系)だった。

ぶつけてスクラップにした車種の後継車種だ。

元々はこの(X90系)が登場することでお買い得になっていた(X80系)を購入したのだが、結果として、最新車種を手に入れることになった。

このクルマで覚えているのはナンバーが3ナンバーになったこととハンドブレーキがペダル式になったことだ。

(ひょっとしたら(X80系)もペダルだったかもしれないが、乗っていた期間があまりに短すぎて記憶が心細い)

(X80系)も(X90系)も排気量は1800CCだったが、(X90系)からは3ナンバーになった。

その分、多少はユーティリティが上がった気もするが、FR特有の後部座席の狭い印象は残った。

このチェイサーは随分と長く乗った気がする。

父が会員権を安く買ったゴルフ場への送迎も、高校の下見もこのクルマだった。

大学の下宿先にもこのクルマで向かった気がする。

高校進学(中学)から大学進学の後までなので5年は乗っていただろうか。

途中、祖母が手術のため、専門病院へ入院した際にその病院で左ドアを大きく凹ますようなトラブル(これも母)はあったが、大きめのボディを比較的小さな排気量で元気いっぱいに走り回っていた。

このチェイサー(X90系)との別れは私が大学生の時に訪れる。

ある週末、ゴルフ場から帰る父が後ろのクルマに追突されたのだ。

当てたクルマはその場を逃走、父は走って追いかけたそうだ。

相手を特定し、示談の交渉に入った際、父は相手側に勤務先の名刺を渡してしまった。

追突され、怪我の具合など意識せず走って追いかけたところもそうなのだが、勤務先の名刺を渡してしまうところは、親方日の丸的で、全く父らしい行動だと思った。

この時には例のゴルフ場(0.2で登場)も倒産し、数百万円のゴルフ会員権は紙屑になっていた。

そもそも当て逃げされたのに、勤務時間中に何度も職場に電話がかかってきてしまう。

とうとう根負けし、示談交渉は当て逃げした相手側のペースに持っていかれてしまった。

このチェイサー(X90系)は、修理すればまだ乗れたのだが、父が、気分悪い、と言って手放すことになった。